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『女神の見えざる手』を観て [雑感]

子どもがスキーキャンプに行っちゃって寂しい。
一週間近く。
勧めたのは私だけど。
かわいい子には旅をさせろっていうけど、寂しいものは寂しい。

で、暇なんで映画でも観ることにした。
『女神の見えざる手』という、女性ロビイストの戦いを描いた映画。
メジャーな映画館でやってるのは浅そうでほとんど興味をひくものはないけど、小さな映画館でやってるのは深くて面白そうなのがたくさんやってるね。

難しそうだし、戦いにはらはらして疲れちゃうかななんて心配してたけど、彼女の見事なやり口に夢中になる。
めちゃ現実的でクールな態度なのに、信念のために自分自身をもかけるあっつい女性。かっこよすぎ。
彼女が聴聞会で汚い議員に放った言葉はそのまま日本の一部の議員にピッタリあてはまるよね。とても爽快な気持ちになった。

それにしても、ロビイ活動、政治というのは自身の人生を賭けたボードゲームみたいだなと思った。

種明かしがわかって、もう一度観たいな。

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この町を出ることにした。 [雑感]

一度は科学館や博物館、図書館、塾、広いグラウンド、公園など環境が整っているので、縁もゆかりもないけれどもこの地で、教育を続けようと考えた。
でも、ハコとしての環境が整っているだけではダメなのだ、人が大事なんだってことに、今更ながら気がついた。(遅いって?)

特に中高学年以降は親の影響より友達の影響が強くなってくる。親が勉強しなさいとか何度も言うより、子ども同士で刺激し合う方がずっと効果的。何より勉強の面白さ、楽しさを見失うことなく、勉強できる。

というわけで、豊かな『人』の環境をもとめて、この町を出ることにした。

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寂しいグラウンド [雑感]

がらがらの科学館に続いて。
近くの小学校の放課後のグラウンドや公園もがらがら。
かなりのマンモス校にも関わらず。
たまに見かけても、体を動かして遊んでいるのではなくて、隅っこの方でゲームしているだけ。

いったい子どもたちはどこにいるの?

以前も、他のマンションの入り口や公園でゲームをする小学校中高学年の子どもたちを見かけていたが、たくさんの子どもがいるのだから、そうゆうこもいるよね位の認識だった。しかし、それは間違いだった。そうゆうこが大部分だったのだ。
たくさんの子どもがいても、必ずしも多様性があるということにはならず、同じようなレベルの家庭環境の子どもが集まってしまうこともある。

つまり、ここは子どもがゲーマーばかりだということ。



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がらがらの科学館 [雑感]

「今日は誰かいた?」
近くの科学館から帰ってきたこどもに聞いた。
「今日もがらがら。」
やっぱり。

近くに科学館も博物館もあるけど平日、休日、長期休み問わずいつもこどもがいない。
誰もいないフロアすらあり、職員の方がはるかに多い。たまにこどもがいると思ったら団体できてるだけだったり。

うちの子は科学館博物館が好きなので、近くの以外にも行ける範囲でいろいろ行ったことがあるが、こんなにがらがらなことはまずない。こどもで賑やかだ。

では、近くの科学館の展示内容がいまいちなのだろうか?そんなことは全くなく、うちの子は同じように楽しんでいる。
それとも、周辺にこどもが少ないのか?これも全くなく、たくさんのマンションにたくさんの子どもが住んでいる。

施設はキレイだし、展示も工夫してあり、スタッフも十分であるにも関わらず、つまり、教育環境は整っているのだが、そこにくる好奇心ある子どもがいないのだ。

環境をいくら整えても、その環境をもとめて人が集まっているのでなければ、自然と人の質が高まるなんてことはないのだろう。



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心のひっかかり [雑感]

何でもそつなくやっている人が、
いつも穏やかな笑顔の人が、
悲しげな表情してた。

辛い過去を背負ってた。

人は見かけによらないね。

今ごろになって心に引っかかってくる。

だめだ、私こういうの弱いんだ。。

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試しにちょっと冒険してみた [雑感]

次はないな。

そんなにやじゃなかったし、
悪い雰囲気でもなかったと思うけど、
特にワクワクとかしなかった。
リスクを侵してまですることではない。

ま、こんなもんだよね。
わかってたことだけど。

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晴れの日雨の日 [雑感]

晴れの日が好きだと思ってたけど、
ちょっとうっとうしいと感じる日もある。

晴れの日だと外に出て何か有意義に過ごさなくてはならないという気にさせられるから。

本当にしたいかわからないのに有意義に過ごすことが目的化して、あんまり乗り気でもないことをして散財して自己嫌悪になったり。

やりたいことが明確にあってやる気に溢れているときは晴れの日はいいんだけどね。

逆に雨の日は口では「雨か~」なんて残念そうに言っていても、実はちょっとほっとしてる。家でおこもりしていても、何か有意義に過ごさなくても、雨のせいにできるから。

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人気投票ではない選挙を [雑感]

選挙はどうも人気投票になっちゃって、政策で選ぶという感じではない。
それがいつも残念。
テレビでも新聞でもネットでも誰が人気かってことばかりで、各党の政策への理解が深まらない。どうせ絵に描いた餅の政策も多いだろうが、、
各党同士の討論があれば、違いがはっきりするし、自分自身の考えもブラッシュアップする。
討論は候補者本人でなくてもいいのかもしれない。例えば、一般市民が原発賛成派と反原発派に分かれて討論とか。参考にはなる。

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絵の中の偏りの認識 [雑感]

『怖い絵展』を観に行った。
広告にある『ジェーングレイの処刑』以外は怖くなかったし、あまり印象に残らなかった。
これなら今読んでるカズオイシグロの『忘れられた巨人』の方が怖い。
そんなに期待していたわけではなかったとはいえ
入場に1時間も並んだので…どうもしっくりこない。
でも、最後のパネルに怖さとは関係なく、絵を見るときの心構えのようなことが書いてあって、それはしっくりきた。

私は本を読むときは著者の生い立ちや立場などを確認しながら読む。そうすると本の内容がすっと入ってきやすくなるし、何よりも偏りがあることを認識しながら読むことができる。
だけど、絵を鑑賞するときは画家の立ち位置に思いが及ばず、感じることに集中してしまう。そして、あたかも絵に描かれたものが現実のようにとらえてしまう。

でも、画家にも立ち位置というのは当然あって、画家の主張のみならず、依頼主の主張にあうように描かれている。

当たり前といえば当たり前だけど、全く思い及ばず。

これからは絵の鑑賞時にもどんな偏りがあるのか意識しながら観てみようかしらと感じた次第。

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人が幽霊や妖怪、鬼に変わるとき [雑感]

人が幽霊や妖怪、鬼に変わってしまうのは、

その人が現実世界では弱い立場で、
理不尽をはたらく強い相手にただ従うしかないとき
相手に抵抗するには幽霊や妖怪、鬼などの持つ現実離れした力に頼らざる得ないから。

幽霊や妖怪、鬼は悪いものとして、退治される。

そもそもその発生原因は『理不尽をはたらく力ある相手』なのに、
『相手』が善で、『その人』は悪で終わり、最後まで理不尽だ。


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